My photo 〈京 鴨川畔の青柳〉 4/10
2009年140回 直木賞受賞作
「利休にたずねよ」
著者 京都市在住 山本兼一
22 「紹鷗の招き」 武野紹鷗 353頁
与四郎(のちの利休)19歳 ―
天文9年(1540)6月某日
和州 堺 武野屋敷 4畳半
My photo 〈祇園白川畔〉 4/10
庭の柳の葉に、やわらかな朝の光がにじんでいる。もう蝉がやかましく鳴きはじめた。
武野紹鷗は、新しく建てたばかりの四畳半に腰をおろした。大柄で堅太りの紹鷗にとって、
四畳半の座敷はちょうどころあいの広さである。
―よくできている。
じぶんで指図した座敷ながら、いい出来栄えだと満足だった。
My picture 〈伊賀焼 耳付き花入 自己満足絵〉
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さてどうしたものかと考えていたとき、茶道口に人の気配があった。
「旦那様」
女子衆の声である。
「どうした」
「千与兵衛様がおみえでございます」
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My photo 〈大覚寺大沢の池にて〉
花を変えるべきか、それとも花入そのものを変えるべきか、考えながら書院に行くと、
千与兵衛が青ざめた顔で待っていた。
紹鷗の顔を見るなり、両手をついて額を畳にすりつけた。
「まことに申しわけないことです。せがれの与四郎が、あの女を連れて逐電いたしました。
いましがた土蔵をあらためましたところ、もぬけの殻でして・・・」
紹鷗は舌をひとつ打ち鳴らした。
「まずいな・・・」
与兵衛に預けておいた女は、高麗の貴人の姫である。
紹鷗のいちばん大切な顧客三好長慶からの注文で仕入れた大事な商品であった。
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My photo 〈祇園白川畔〉
この新しい四畳半の最初の客になる機会は、生涯でたった一度きり。
与四郎は、それを断わるような馬鹿ではあるまい。この紹鷗が、与四郎を招きたがっていると知れば、
かならずや、姿を見せるであろう。
辻に高札を立てて、知らせよう。立ち寄りそうなところに言伝させよう。侍たちのも言わせよう。
まだ、堺の町にいる。茶の湯の招きは、きっと伝わる。
そう考えると、紹鷗は満足して、茶を点てた。
さらに薄暗さを増した四畳半の座敷に、白天目のすっきりした陰翳がかそけくこころに響く。
淡くほのかな黄昏の残光のなかで、紹鷗は、閑雅をこころゆくまで味わい、茶を喫した。
My picture 〈高麗白天目茶碗〉好き勝手絵
次は
「恋」 千与四郎 368頁