京の旅あれこれ【こしあん本舗】
coshian.exblog.jp
ブログトップ
【京都の秋】  風葬の地・化野(あだしの) 「念仏寺」・・・生きている現実と死・・・
a0191852_1175840.jpg

              〈45年前(S41)に この富士山8合目からご来光を拝みました〉
           誰もが「バンザイ!バンザイ!」と叫びます、まさに生かされている実感!
         ・・・山小屋「太子館」のご主人とはH・19・3・27に京都でお会いしています・・・



a0191852_1064364.jpg

                          化野念仏寺 〈賽の河原〉


私は、平成9年2月25日に突然心筋梗塞で倒れ、救命室で生死は5分5分と言われ、
よく耳にする「臨死体験」も経験しました。
多数のDrはじめスタッフの方々に助けられ、お蔭様でこの世に生還できました、
その後2~3度の手術を受け、ほぼ元気な現在に至っています。

そんな体験で、
私は日々、一刻々々を大切に、生かされている事を感謝しながら過ごしています。

毎年1度はお会いできる
高校時代の恩師である、現在 某大・名誉教授(80歳代半ば)が
4年程前に書かれた短文冊子を戴き、
         あッ!こんな哲学的な考察もあるのだと、ひどく共感しました、
         その中の一部を抜粋、編集をし紹介いたします。

                            
                              ・・・☆・・・


 昔、ソクラテスについて読んだことがある、「善い生き方をせよ」と説いた下りが頭に残った・・・・・・

日頃、人間を作り上げている「肉体」「精神」も実にうまく出来上がっているものだなー!と
変な関心をする事がある・・・・

生きている感覚とは、ある長さの時間の中に一瞬々々を、意識しながら過ごすのであるが、
普通は「当たり前」だから無関心である、それに、「時間」は減りまた増えると意識したこともないし、
自分の大切な資産なのだと考えたりしない。

しかし、「時間」」は明らかに個人の「資産」なのである。
今、やっと「時間の経過」は人生ゲームが規定する基本ルールだったと、思い当たる。

資産だから消費できる、しかし、消費の仕方は、
人によって、場合によって、年齢によっていろいろ違いがある。
持ち時間(元金)がゼロになった時が「死」である。
人が自分の物と堅く信じてきた宝物も、
その人に関する限り、「死」の瞬間に消滅する。

宝物とは、家族や友人との関わり・想い出・無形・有形の債権、巨額の富など、
皮肉なことに、その中には「耐え難い苦しみ」という負の資産も含まれる。

                               ・・・☆・・・

以上の言葉の中で
人生についてあらためて気付かされた事が多くありました。


 ***      


毎日訪問している90歳ブロガーの、さっちゃん先生が出版されました
「また、あした」をこの13日に手に入れて、早速読ませていただきました。

a0191852_12205665.jpg


「はじめに」の 鎌田氏が綴られているとうり、老いを飛ばす「強い生きる強さ」がいっぱいで、
90歳での、ゆたかな表現力に私も脱帽です。
やはり、さっちゃん先生は、エッセイストであり詩人でした。
[PR]
by koshian-honpo | 2012-10-15 09:53