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【藤原定家の小倉山荘・時雨亭跡を訪ねて】  秋編  2  常寂光寺
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                  先ずは定点の「渡月橋」から今朝の嵐山 11月13日

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                               小倉山

藤原定家が京都・小倉山の山荘で選んだとされる「小倉百人一首」は歌がるたとして広く用いられ、
100人の歌人の優れた和歌を一首ずつ選び、色紙にしたためた。
小倉百人一首が成立した年代は定かではないないが、13世紀の前半と推定される。
その当時には、この百人一首に一定の呼び名はなく、
「小倉山荘色紙和歌」 「小倉色紙」などと呼ばれた。
後に、定家が小倉山で編纂したという由来から、「小倉百人一首」という通称が定着した。
小倉山荘や時雨亭跡とされているのは、山麓の三寺院にあり、正式に詳しくは解っていないようです



定家の「百人一首」のお歌

                        来ぬ人をまつほの浦の
                        夕凪に
                        焼く藻塩の身もこがれつつ



その2 として同じく小倉山麓の常寂光寺を訪ねました

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                            「常寂光寺」パンフ
            表紙の絵は「都名所図絵」安永九年=1780年発行よりと記されている


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                          仁王門から石段 本堂へ
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                          仁王門両側にわら草履が

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                           仁王門屋根に迫る紅葉

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                            苔と散りもみじ

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                            鐘楼と柿・紅葉



                         
                          夕づく夜おぐらの山に
                          鳴く鹿の
                          声のうちにや秋は暮るらむ

                                                定家

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                        比叡山を遠くに暮れゆく北嵯峨



「時雨亭跡」について  パンフより

嵯峨に時雨亭三ヶ所あり、常寂光寺・二尊院・厭離庵これなり。
いずれも定家山荘跡とうたい、後世好事家(こうずか)により造営されしもの、その跡なり。

昭和10年代には国文学者の考証ほぼ出揃い、定家の造営せる小倉山山荘跡は常寂光寺仁王門北、
即ち二尊院南にして、厭離庵近辺は定家の子 為家の住みし中院山荘跡なりとする意見が
大勢を占めるに至る。・・・・・と記されている。



次は 「二尊院」へ ~~~
by koshian-honpo | 2012-11-14 15:15