京の旅あれこれ【こしあん本舗】
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【利休にたずねよ】に秘められた京を愉しむ      〈9〉
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My picture           ・・・好きなように焼(描)き上げた白樂茶碗・・・

2009年 第140回 直木賞受賞作
「利休にたずねよ」    
著者 京都市在住 山本兼一

9  うたかた     利休  138頁
利休切腹のふた月と少し前―
天正19年(1591) 1月18日 朝
京   聚楽第  利休屋敷

                           ・・・☆・・・

利休は夜明け前に目をさました。
どろりとした眠りの海の底から浮かび上がると、寝所の闇が冷えきっている。
未明の闇はどこまでも深く暗く、黄泉の国につうじている気がした。
褥で横になったままじっと目をこらした。なにも見えない。
漆黒の静寂だけが、そこにある。
― 闇は死の国への入り口か。
そう思えば、胸が重くしめつけられ、息苦しくなった。もがき、顔をなで、
自分がまだ生きてこの世にあることを確かめた。額には脂汗がにじんでいる。
首筋の寒さにちいさく身震いして、買い捲巻の襟を引き寄せた。
利休はこの正月で、70になった。
いたって壮健なつもりだが、歳を考えれば、いつ迎えが来てもおかしくない。
ちかごろは、夜明け前の闇に目をさまし、褥で物思いに耽ることが多い。
― つまらぬ生き方をした。
来し方を思い起こせば、悔いの念ばかりが湧いてくる。
衰えた肉と骨をさいなむものは、砂を噛むむなしさである。
― 茶の湯など、なにほどのことか。
こうして無明の闇を見つめていると、茶の道に精進してきた自分の生き方が、まるで無意味だったと思えてくる。
~~~

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inspirationより                本文と関係のない〈夜明け〉


― もしも、あのとき・・・・。
利休には、頭を離れない悔悟の念がある。
闇の褥で、いつも七転八倒してしまうのは、そのせいだ。
19のときだ。堺の家に、高麗の女が囚われていた。
― もしも、あの高麗の女をつれて、うまく逃げ出していたら・・・。
女の手をひいて堺の町を密かに抜け出し、摂津の福原か播磨の室津へ走る。
そこから船に乗って、西へ西へと海を渡り、九州まで行く。
九州のどこかならば、高麗にわたる船があっただろう。
高麗が無理なら、壱岐か対馬にわたる。
そこからまた船をさがすー。
~~~

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本文にある高麗からの器           〈李朝後期の井戸茶碗〉
Wikipediaより参考 


水汲みは少厳にまかせ、利休は墨小屋にむかった。炭は、下働きの男が長さをはかって丁寧にのこぎりで切りそろえ、洗って天日でほしている。利休はそれを一本ずつ自分の目でたしかめて選ぶ。
気に染まぬものは、炭一本として使いたくない。

炭小屋の板戸が、指一本分だけ開いていた。
― だれが閉め忘れたのか。
首をかしげて、戸に手をかけると、思いのほか、すっと開いた。
なかを見て、利休は、ぎょっと凍りついた。
小屋の梁から、人がぶら下がっている。
薄紅の小袖を着た女である。だらんと垂れ下がった足に、白足袋をはいている。見上げると、
苦悶に大きくゆがんだ顔は、娘のおさんであった。おさんが首をくくって死んでいた。
~~~

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My photo                〈本文とは関係のない嵯峨の竹林〉

 
「一服進ぜよう」
つぶやいて、利休は台子の前にすわった。
薄茶を点てると、天目の茶碗を、おさんの枕元にはこんだ。
飲ませてやりたい。
― さて。
思いあたって、利休は立ち上がった。襖を開け、となりの大書院の床の間に活けてある水仙を一輪ぬいた。
水仙の花を、茶に浸した。
美しく紅をひいたおさんの唇に、茶の滴をしたたらせた。
赤い唇についた緑の茶は、ぞっとするほど毒々しく、利休のこころを狂おしく悶えさせた。
利休のこころの闇に、夥しいうたかたがはじけ、饐えた匂いをふりまいた。

本文より

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My photo                 〈西光寺の僧侶・渡月橋にて〉


うたかた・・・・・泡のように消えやすくはかないこと。
参考 角川書店 新国語辞典


次は「ことしかぎりの」   宗恩 138頁
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by koshian-honpo | 2013-02-22 20:24