京の旅あれこれ【こしあん本舗】
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【利休にたずねよ】に秘められた京を愉しむ      〈10〉
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鐘HPより                     〈大晦日 除夜の鐘〉


2009年 第140回 直木賞受賞作
「利休にたずねよ」    
著者 京都市在住 山本兼一

10   ことしかぎりの  宗恩 154頁
利休切腹の三ヶ月ほど前 ―
天正19年(1591) 1月1日  朝
京   聚楽第  利休屋敷


― 薄情なひと。
宗恩は、これまでになんど、利休をそう詰ろうと思ったかわからない。
しかし、そんなふうに思うたびに、いつも舌が動かなくなる。
面とむかうと口にはできない。
どうしても口にさせない強烈ななにかが、利休にはそなわっている。
灯明の芯をみじかく暗くして、褥で横になっていると、除夜の鐘がきこえた。
寒夜のことで、嫋々とした余韻がある。
「・・・・・おい」
襖のむこうで利休が呼んだ。
用向きによって、利休は声の抑揚がちがう。それを聞き分けなければ機嫌がわるい。

いまのひそめた声は ―。
宗恩は、だまって襖を開けた。両手をついて頭をさげ、夫の寝所にはいった。
利休は、薄縁にあお向けに寝ている。見なれているはずの寝すがたに、
宗恩はおもわず息をのんだ。
 ― なんと。
~~~

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My picture                〈千利休が特に好んだ椿の蕾〉


ある夜など、なにが気に入らなかったのか、座敷にあがった利休が、すわりもせず、
ひとことの口もきかずに帰ってしまったことがあった。
「先夜はいかがなさいました」
つぎに来た夜に、恐る恐るたずねてみた。
「椿がな・・・・・」
床の花入れに、蕾を活けておいた。
「赤い椿はお嫌いでしょうか」
「いや、赤いのはよいが、すこし開きすぎていて落ち着かなんだ。あれでは座っていられない」
利休が、丸くかたい椿の蕾を好むのはよく知っていた。すこし開き気味の椿も興があるかと活けてみたのだ。
「お気に召しませんなんだら、お申しつけくだされば、すぐに取りかえましたのに」
「そんな無粋は好かんでな」
おもしろくもないと言わんばかりの顔つきで、利休は瞑目した。


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茶花HPより                      〈結び柳〉

広間の床柱にかけた竹の花入に、結び柳がかざってある。
一丈もある長い柳の枝を、いちど輪にして、床の畳まで垂らしたのは利休である。
よいことがくり返すようにとの願いがこめてある。
薄紅と白の椿の蕾がそえられ、あでやかな風情だ。
掛け物は、おおらかだがゆるみのない古渓宗陳の筆である。

「松 無 古 今 色」     松に古今の色無し

千歳もかわらぬ常盤のみどりを賞した禅語であろう。
その前に置いた香合は金蒔絵で、ことしの干支の兎がいきいきと跳ねている。

利休がめずらしく逡巡のなかにいる。宗恩にはそれがわかる。
「短冊と筆を・・・・・」
手伝いの女にもってこさせると、利休は立ったまま筆をはしらせた。

        あはれなる老木の桜えだくちて
                 ことしばかりのはなの一ふさ


そうしたためた短冊を見せられた。
「わしも、老いたものだ・・・・・」
つぶやいた利休の課をには、ひとかけらの自負も傲慢も見あたらない。
ただのくたびれた老人の面立ちであった。
宗恩は、利休の背中に頬を寄せた。
夫の熱を感じたくて、しばらくそのままじっとしていた。

本文より



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by koshian-honpo | 2013-02-24 14:22