京の旅あれこれ【こしあん本舗】
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【利休にたずねよ】に秘められた京を愉しむ      〈12〉
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My picture                  好き勝手絵〈黄金天目茶碗〉

2009年140回 直木賞受賞作
「利休にたずねよ」    
著者 京都市在住 山本兼一

12   野菊   秀吉  187頁
利休切腹の前年 ―
天正18年(1590) 9月23日  朝
京   大徳寺門前利休屋敷  四畳半

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HPより                          〈摘星楼〉
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My photo                   〈現在の東山連峰一部〉
                    ・・・右は大文字山・手前は低い吉田山・・・


三層の摘星楼からは、気持ちよく澄んだ青空が手にふれられるほどちかい。
白い筋雲が、秋の深まりを感じさせる。
― あの男に、なんとか一泡ふかせてやりたいもの。
ほろほろとした陽射しのなかの東山の峰のつらなりと京の町並みを眺めながら、
秀吉は利休のことを考えていた。
~~~



開けはなった窓から見える秋空の光が、淡くかそけくなった。
窓から吹き入る風がやわらかくここちよい
秀吉は、立ち上がって、黄金の台子皆具の前にすわると、柄杓をとって、
釜の湯を黄金の天目茶碗にそそいだ。
その碗を、黄金の天目台にのせ、官兵衛の前に置いてやった。
替え茶碗に湯をくんで、秀吉はしばらく両手でぬくもりを楽しんでから、
じぶんでもそのまま飲んだ。


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My picture                 好き勝手画〈黄金茶釜〉


黄金の釜で沸かすと、湯もかくべつの味わいだ」
いわれて、官兵衛が白湯を口にふくんだ。舌で味わっている。
官兵衛が、うすく笑った。
「湯は湯でございます。鉄と金の値がちがうほどに味はちがいませぬ」
秀吉はうなずいた。なんの異論もない。
「のう、官兵衛。人とは、おかしなものだな。その釜で茶を点ててやると、天界の甘露だというてありがたがる者もおるぞ」
官兵衛がまた湯を口にふくんだ。白湯を味わっている。
「それは、黄金の釜というより、関白殿下から直々に茶をふるまわれたのをよろこんでいるのでございましょう」
「かもしれぬ」


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逸翁美術館肖像サイトより            〈秀吉の肖像画〉



秀吉は、白湯を飲みほした。鋳物の釜と黄金の釜では、味がまったくちがうと思うこともあれば、
ちがわぬと思うこともある。それは、そのときの気分しだいだ。
今日はなんのちがいも感じない。
「おぬしは、あの男を、どう見るか」
茶碗を置いて、秀吉は、また羽織の紐をいじった。
「さて・・・・・、利休居士のことでございますか」
さすがに察しのよい軍師である。
~~~



秀吉はうなずいて、官兵衛の茶碗に湯をそそいでさしだした。
「そのほうの知恵が借りたい」
「唐入りのことでございましょうか」
「なんの、利休のことだ」
くっくっと、官兵衛が笑った。
「利休居士をなんといたしますか」
「あの男、ちくと小癪でな。なんとか泡を吹かせてやりたいのだが、どうにもよい知恵がない。
座興だ。 頭をひねってくれ」
白湯を飲んだ官兵衛が、まだ笑っている。
「なにがおかしい」
「いえ、上様が、利休居士にご執心ということは、とりもなおさず、天下のこと、
みな治まったゆえと存じましたゆえ」
~~~


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戦国ガイドより                〈軍師・黒田官兵衛肖像画〉



「明日の朝、茶の席をしたくさせておる。おまえの知恵で、利休めに泡を吹かせてやれ
「さようでございますな・・・・・」
花がよいぞ。花を使え。花のことで、あの男を困らせてやれ」
~~~

翌朝、聚楽第四畳半席の待合に、官兵衛と堺の針屋宗和、天王寺屋宗凡があらわれた。
三人とも小田原に参陣した褒美としての招きである。
秀吉は、小姓に官兵衛だけを呼び出させて、耳元にささやいた。
「わしは外から覗いておるゆえにな」
最初からそのつもりだった。そのほうが、嘲笑の愉悦が増す。存分に笑ってやることができる。
~~~


官兵衛の目が、床畳の白天目に落ちた。じっと見ている。
小袖のふところから懐紙を出すと、はさんであった野菊の花を一輪
天目茶碗のなかにいれた。茶碗のなかの茶入の前に、すっとおさまったのが、秀吉にも見える。
― そうだ。それでいい。
のぞき見ている秀吉は、はなはだ愉快になった。利休が手前の途中で、
あの野菊のあつかいに困るだろうと思えば、
それだけでもう笑いがこみ上げてくる。
~~~
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My picture                    〈淡紫野菊愚作絵〉


利休が、膝を躙って、床の前にすすんだ。
― さて、あやつめ、どうするか。
秀吉は、障子窓のすきまに顔をつけた。利休の背中にも、肩にも、手のうごきにも逡巡はない。
―なにも迷わぬのか。
~~~


秀吉は、利休を笑ってやろうとした自分のたくらみが、
野菊の花と同じように凋れてしまったのを感じた。
なんのことはない、むしろ、笑われているのは自分であった

秀吉は、勝手口から茶席に入った。
「いかがであったか、利休の茶は」
三人の客が平伏し、正客が口を開いた。
「思いもかけず、ゆるりと過ごさせていただきました。いや、
この官兵衛、茶の湯嫌いを通してまいりましたが、なかなか奥が深いものと感心することしきり。
臨機応変の茶は、軍略の練磨にも通じましょう。
利休殿に手ほどきをしていただこうかと存じまする」

ともに戦塵をくぐり抜けた軍師のことばに、秀吉は、さらに敗北感をつよめた


以上本文より



次は「西ヲ東ト」   山上宗二 203頁








                            
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by koshian-honpo | 2013-03-02 14:02