京の旅あれこれ【こしあん本舗】
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【利休にたずねよ】 に秘められた京を愉しむ   〈16〉   
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                         〈箱崎天満宮一の鳥居〉
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天満宮HPより                    〈天満宮楼門〉

2009年140回 直木賞受賞作
「利休にたずねよ」    
著者 京都市在住 山本兼一

16 「ふすべ茶の湯」    秀吉  252頁
利休切腹の4年前 ―
天正15年(1587)6月18日  
筑前  箱崎松原  


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本文とは無関係




博多箱崎八幡宮の境内に、三条の茶の席が建った。社前にある小さな堂のそばだ。
建てたのは利休である。
屋根は茅葺き。
壁は、二面に青茅が編んである。
大きな松の陰にあるので、日盛りでも涼しかろう。ごろりと腕枕で昼寝でもしたくなるような夏らしい茶の席である。
秀吉は、草履を脱いで畳に上がり、ひとりで席についた。
海が近いので、夜明けの風がさわやかだ。淡く白んだばかりの境内で、いっせいに蜩が鳴きはじめた。
空には雲がない。
きわめて清浄な気韻が境内に満ちている。
ざっくりとした絽の小袖の胸元を、穏やかな風が吹きすぎていく。
―ここが極楽か。
浜につづく松林をながめ、秀吉は、ふと、そう思った。
腹の底から麗しい気持がわきあがってくるのを、しみじみ味わった。
―不思議なことだ。
利休のしつらえる茶の席にすわると、どういうわけか、そこはかとない生の歓びが、
静かにこみあげてくる。
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茶人HPより                  〈利休自筆贈り物添え状〉
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秀吉は、すでにおととしから島津征伐の計画をねっていた。
豊後の大友宗麟をおびやかしていた島津義久に対して、すぐに鉾をおさめるよう、
強圧的な手紙をしたためたのである。
秀吉のことばを右筆が書きとめ終えたとき、そばにいた利休が口を開いた。
「申し上げてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「高飛車な手紙だけでは、島津の態度を頑なにさせるばかり。ここは硬軟織り交ぜて攻め立てなさるのがなによりの策と存じまする」
「どうする」
「わたくしに手紙を一本書かせてくださいませぬか」
うなずくと、その場で筆をとった。

豊州と貴国御鉾楯之儀に付、関白殿御内証之趣、承り及ぶ通り、数条を以って申さしめ候
とはじまるその手紙は、
分別をもって戦いをやめるよう、おだやかな調子で島津を諭すものだった。
「これに細川幽斎殿とわたくしめが連署いたしまして島津の家老に送りますれば、
島津を懐柔する隙が生じましょう」
手紙を読んだ秀吉はうなった。
秀吉とて、敵をたらし込む調略は得意なつもりであったが、利休は二枚も三枚もうわてであった。
いまにして思えば、島津征伐がことのほか順調に進んだのは、あの書状のおかげであろう。
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「このあたりにいたしましょう」
立ち止まった利休が、供の者にしたくを命じた。
枝振りのよい松のそばに緋色の毛氈をひろげ、虎の皮をしいた。
「どうぞおくつろぎくださいませ」
利休にいわれて秀吉は腰をおろした。
「これはよい」
海をながめて、波の音、松風の音を聴いてみれば、こころの雑念が消えた。
ここまでは客もおしかけて来ない。好きなだけ、ゆっくりしていればいいのだ。
「湯を沸かしますのに、しばらくお時間をいただきます」
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浜と松林は本文と無関係


松葉をふすべながら、利休は金蒔絵の重箱をひろげた。蒔絵は貝尽くし。なかは握り飯だ。
「およろしければ」
「もらおう」
手にとって口にはこぶと塩だけで握った飯が、ことのほかうまく感じられた。
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My Picture                  〈好勝手画 緑釉の香合〉


「見せてくれ」
うつむいた利休が、体をこわばらせた。掌を強く握りしめている。
「見せよ」
いまいちど命じた。利休の握り拳は開かない。
「見せよ」
さらに鋭く命じた。利休の掌がゆっくりと開いた。
奪うようにして手に取り、しげしげ眺めると、鮮やかな緑釉がかかった小さな平たい壺である。
いままで秀吉が目にしたどんな陶器、磁器より瀟洒で繊細だ。
「こんなよい品をもっていながら、なぜいままで見せなんだのか」
秀吉は、利休に裏切られた気がした。世に伝わる名物についてあれこれ教えてもらったが、
こんな美しい香合があるとは、ひとことも聞いたことがなかった。
「わしにくれ。望みのままに金をわたそう」
黄金五十枚から値を付け、ついには黄金一千枚出すとまでつり上げたが、利休は首を縦にふらない。
「お許し下さい。わたしに、茶のこころを教えてくれた恩義ある方の形見でございます」
利休がめずらしく狼狽えている。
左手に香合を入れていた袋を握っている。色はすっかり褪せているが、韓紅花の上布である。
秀吉は、利休を見すえた。利休がずっと隠していた秘密を見た気がした。
「女人じゃな。女に茶をなろうたか」
「いえ・・・」
「隠すな。見通しじゃ。ならば、その女人の物語をせよ。どんなおなごであったか。
おまえが惚れたなら、さぞや麗しい美形であろう」
ひでよしがいくら問い立てても、利休は膝の上で掌をにぎりしめ、頑なにすわったまま、じっと体をこわばらせているばかりであった。


次は「黄金の茶室」   利休 269頁
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by koshian-honpo | 2013-03-29 17:00