京の旅あれこれ【こしあん本舗】
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【利休にたずねよ】に秘められた京を愉しむ      〈23〉
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My picture             〈節の位置が命の利休作 茶杓〉  好き勝手画



2009年140回 直木賞受賞作
「利休にたずねよ」    
著者 京都市在住 山本兼一

23 「恋」    千与四郎  368頁
与四郎(のちの利休)19歳 ―
天文9年(1540)6月某日  
和州 堺 武野屋敷  4畳半


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                              〈浜の松原〉


静かな夜であった。与四郎は、じぶんの四畳半の座敷で、茶杓を削っていた。
茶杓は、節の位置がいちばんむずかしい。節がなければ、すっきりしすぎて物足りない。
櫂先にちかければ邪魔だし、下端の切止にちかすぎてはあざとく見える。与四郎は試行錯誤をかさねて、大胆にも、これぞ、という場所を見つけだしている。
~~~



厚い扉が小さく開いている。
覗くと、長持ちから人を取り出すところだった。見世の男が二人して抱えている。
死体かと思ったが、床に置かれると、片膝を立ててすわった。生きている―。
手を縛られ、目隠しと猿ぐつわをされている。たばねた黒髪が長い。
―女だ。
裾の長く広がった着物は、あでやかな韓紅花と白。日本のものでない。
町で高麗人が着ているのを見たことがある。
父の与兵衛が、女の目隠しをはずした。
おもわず身を乗りだしたほど優美な女であった。
すこし窶れているが、顔のつくりがいたって端整だ。目も鼻も口も耳も頬も顎も、
それぞれがきわめて上品なうえに、美しく調和している。
与四郎がさらに驚いたのは、女の瞳が、あまりにも黒く冴え冴えとしていたからだ。
女が、こちらを見ている。
目と目が合った。
そのとたん、与四郎は、凍りついた。
~~~

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My picture           〈本文によくでてくる白い木槿の花〉 好き勝手画


―恋か・・・。
まさか、と、与四郎は首を振った。
さんざんな放蕩をへた与四郎である。女などは、くだらぬ生き物だと思っている。
名物の茶の湯道具を恋い慕って夢に見ることはあっても、もはや、女ごときに恋い焦がれるとは、思っていなかった。
しかし、与四郎の脳裏で、しだいにあの女が場所をしめるようになっているのはまちがいない。
食事を運んだとき、土蔵の入り口から女をしっかり見つめてたずねた。
「コリョエ トラカゴ シッポヨ?」
高麗へ帰りたいか、とたずねた。
「トラカゴシッポヨ」
優雅に落ち着き払った顔で、女は帰りたい、とうなずいた。
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―助けよう。
はっきりとそう腹を決めたのは、女が来て五日目だった。
たとえ武野だろうが、三好だろうが、あんな優雅に美しい女を、売り買いしてよいはずがない。
連れて逃がせるだけの銀を、与四郎は貯えて持っている。
舟に乗って、西に連れて行こう。まず博多を目ざせばよい。
そう腹に決めて、湊で船を探した。
筑紫の船がいた。船頭に、乗せてもらうように交渉した。
船頭は、与四郎を色街で見かけたことがあるといった。派手な遊び方を見られていたらしい。
「おまえ、魚屋のせがれだろう。どうした。遊びが過ぎて堺にいられなくなったのか」
「こんなくだらない町に飽き飽きしただけだ。遠くに行きたくなった」
「あさっての夜明けに船を出す、おまえひとりでいいんだな」
「いや、女を連れて行く」
髭面の船頭が口もとをゆがめて笑った。
「色男なら、銀は先払いだ」
安くない銀を、与四郎は船頭にわたした。
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樂美術館 パンフより           〈本阿弥光悦作 白樂茶碗〉



「コリョエ トマンハジャ」
高麗に逃げましょう―。そうつぶやいた。
女子衆を縛りあげて、猿ぐつわをかませた。これで、後で叱責されずにすむ。
月明かりの庭に出ると、女が木槿の花を見つけて止まった。
「ムグンファ」
つぶやいて、一輪手折った。
白い花も、女も、凛と美しかった。
寝静まった見世のはしり土間を通り、表のくぐり戸から外に出た。女の手をひいて、
足早に町を歩いた。
辻々で警戒して身を隠しつつ、湊に行った。
二日前、筑紫の船があったところに、船はなかった。
与四郎は愕然とした。
千石も積めそうないちばん大きな船だったので、見まちがうはずはない。
沖に碇泊しているのかと眼を凝らしたが、船影は見あたらない。あっちに行き、こっちでうろたえた。
船を探すうちに、夜が白んできた。湊が明るくなってきた。
起きだしたべつの船でたずねると、筑紫の船は、昨日の朝、出帆したという。
―騙されたのだ・・・。
~~~




女が脱いだ高麗の服もいっしょに、荷造りしようとすると、きちんと畳んだ上に、
小さな壷が置いてある。緑釉のうつくしい小壺だ。
―毒か。
ぎょっとしたのは、与四郎が毒を用意していたからだろう。
女は、小壺を手に取り、小さな蓋を取って、与四郎の花にかざした。
甘くやさしい香りが、与四郎の鼻孔を満たした。
「白檀か・・・」
女は、いたずらっぽく微笑むと、小壺を白い絹布に包み、小袖の胸もとに大切にしまった。
~~~



与四郎は、なんとか頭をしぼって文を考えた。筆をとって、懐紙に書いた。

汝欲成蛮王奴婢乎   汝、蛮王の奴婢と成らんと欲するか

蛮族の王の奴婢となりたいか、と、訊いたつもりである。
「ご覧いただきたい」
声をかけて、懐紙をさしだした。読んだ女が、すぐに首をふった。
こんどは、こう書いた。

難以帰国   以って国に帰るは難し
汝欲生乎   汝生きんと欲するか
欲死乎     死せんと欲するか

女は動かない。驚いているのでもない。生を欲するか、死を欲するかを問われて、
わが生の意味を考えているかのごとくである。
女が筆を請うた。
わたすと、こう書いた。

槿花一日   きんかいちじつ
今朝の白居易だ、潔さに、与四郎は頭をさげた。
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茶花HPより                   〈真っ白な木槿の花〉


与四郎は、風炉の前ににじり寄ると、袱紗を手に釜の蓋をつかんだ。
そのまま床前に進み、左手で伊賀焼きの花入を押さえると、右に持った蓋をふり上げた。
なんのためらいもなくそのまま思い切りよく花入に打ち下ろした。
耳付の片方の耳が、欠けて落ちた。
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My picture             〈耳が欠けた伊賀焼花入れ〉 好き勝手画

「いかがでございましょう」
紹鷗が眼を大きく見開いてうなった。
「これは・・・、まことに・・・」
「侘び寂びとして麁相なるところにこそ、物数奇があると存じます」
枯れ侘びて、なお欠けたところに美しさはある。完全な美などなんの感興もない。
「そういえば、女の骸には、小指の先がなかったと頭から聞いた。どうしたのだ」
「さて、さようでございますか。わたくしには、こころあたりがございません」
女の小指は、桜色の爪があまりに美しかったゆえに、与四郎が食い千切った。
食い千切って、緑釉の小壺に入れ、いまも懐に納めている。
「しかし、もし、あの場に茶の湯の数寄者がおりましたら、あの女の屍、やはりそのまま
返すことはできますまい」
「・・・・・」
腕をくんだ紹鷗が、いぶかしげな目で、与四郎を見ている。
「たいへんご馳走になりました。新しい趣向の四畳半、堪能させていただきました」
与四郎は、深々と頭を下げた。
庭では、柳の枝が、気持ちよさそうに風にそよいでいる。

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My pictur                 〈利休が大事にしていた香合〉




次は いよいよ最終章 「夢のあとさき」   宗恩 415頁
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by koshian-honpo | 2013-04-15 14:21